夏のホラー特集①「金剛宗家の能面と能装束」

子供の頃から怖いものが好きで、映画もホラー映画がジャンルとしては最も好きである。夏はホラーの季節。ふだんは能楽など見ないのに、三越前の三井記念美術館で開かれている「金剛宗家の能面と能装束」に行ったのも、怖いものを見たかったからだ。

能には現在能という生きている人間しか出てこない物語もあるが、ほとんどは夢幻能である。夢幻能は超自然的な存在の物語で、あの世から出てきた亡霊や、この世のものではない神仏、鬼、妖怪らが登場する。

能面は、その「あの世」の存在を表現するために作られている。名人たちが作り上げた能面は、「あの世」の空気を濃密に纏っている。

昔は今よりも、死がはるかに身近だった。江戸時代までは川に死体が浮かんでいるのが当たり前だったというし、家族や友人が死ぬのを直接見ることもよくあっただろう。今は死は病院などに隔離され、見えにくくなっている。

宗教的な感覚も今とは違っていただろう。昔の人々は、死んだ人々をどのように身近に感じていたのか。その答えの一つが、この能面の数々だと思う。

会場には、金剛流に伝わる能面を中心に、名人たちが表現する「あの世の顔」が並んでいた。じっと見ていると、本当に目の前にあの世の存在が現れたような感覚になって、とても怖い。怖いだけでなく、あの世の幽玄さや神仏の品格までが、見事に表現されている。龍右衛門作の「雪の小面」「花の小面」、「増女」など、じっと見ていると、面がこちらを見返してくる。魅入られてしまいそうになる。

般若などの鬼の面も恐ろしい。ユーモラスな翁の面はほっとする。一つひとつの面に、心を揺さぶられる。能楽に全く興味がなくても、怪奇や恐怖を愛する人々は、ぜひ見るべきだろう。

李白特別純米酒「ひやおろし」生詰

そろそろ、ひやおろしの時期である。ひやおろしとは、早春に絞った酒に火入れをして貯蔵し、ひと夏を越した後、火入れをしないで出荷する酒のことだ。かつては、貯蔵庫の温度と外の気温が同じくらいになった時に、冷や(常温)で卸すので、ひやおろしと呼ばれたらしい。ひと夏を越した酒は、カドがとれてまろやかになっている。

まだまだ暑くて、「夏を越した」という気分ではない。だが、ひやおろしはもうやって来ていた。島根県松江市の李白酒造では、ひやおろしの販売はもうちょっと先だったそうだが、この前の日曜日(8月26日)、柏高島屋で試飲販売をするために、早めに持ってきていた。試飲して、やはり買ってしまった。李白特別純米酒ひやおろし生詰である。アルコール分は15度、精米歩合58%。酒造好適米が100%使われている。

少し早めにひやおろしが飲めるというのが嬉しくて、買ってその日のうちにすき焼きと一緒に飲んだ。やや青みがかった涼しげな四合瓶。ふわっと米の旨味が口の中に広がるが、フレッシュな感じの中にも、落ち着きと、ふくよかさがある。後口にも酸味の余韻があった。同時に試飲した「李白特別純米やまたのおろち辛口」に比べると、ずっと旨味が深い。キレはないが爽やかさはある。これが初秋の味わいか、と思う。暑い暑いといいながら、8月ももう、終わろうとしている。

江戸時代に初ガツオが高値で取引されたように、日本人は「初もの」を好む傾向があるようだ。私にとって今の初ものは、ひやおろしである。

富久長「八反草純米吟醸」

広島の酒造好適米に「八反」系がある。有名なのは八反錦だろう。これら八反系のルーツといわれているのが、八反草だ。1875年に育種されたが、背丈が高く倒れやすいため栽培が難しく、その後、途絶えてしまったという。それを2004年に東広島市の今田酒造本店が復活させた。八反草は酒造好適米ではなく、今田酒造の「富久長」にしか使われていないという。

その八反草を使った純米吟醸酒が富久長契約栽培復活米八反草純米吟醸だ。契約栽培米の八反草を100%使用し、精米歩合はこうじ米50%、掛米60%。アルコール度数16度。酵母は「なめらか、軽快、フルーティー」を目指して広島県が開発した「もみじ酵母」が使われている。

広島では三浦仙三郎が軟水醸造法(三浦式醸造法)を生み出すまでは、「悪酒」と言われるほど、酒の出来はよくなかったとされている。当時の酒を今、飲んでみたらどうなのか、本当のところはよくわからないが、八反草はその「悪酒」のころの酒米だ。富久長のウェブサイトによると、小粒で心白がなく、硬くて吸水性がよくないが、その一方で、硬いので高精白に向いており、溶けにくいので雑味が出にくく、爽快なキレ味になるという。

わりとすっきりとした酒をイメージして飲んでみたら、香りは確かにフルーティーだが、米の旨味が力強く口の中に広がった。酸味も甘みもあるしっかりとした素朴な味だが、キレはいい。後口が残らない。確かに爽快なキレ味と言える。

笹かまぼこ、金目鯛の湯引き、ひじき煮、本ズワイガニの押し寿司と一緒に飲んだ。

映画『華麗なる激情』とワイン

ミケランジェロは、ルネサンスを代表する芸術家の一人だ。上野の国立西洋美術館で開かれている彫刻展「ミケランジェロと理想の身体」に行く前に、ミケランジェロについて少し知っておこうと、映画『華麗なる激情』を見た。この映画の重要な場面に赤ワインが関わっている。これも一種の酒の映画だった。

ミケランジェロがバチカンのシスティーナ礼拝堂に描いた天井画の誕生物語である。1965年の作品で、監督は『第三の男』の名匠、キャロル・リード。ミケランジェロにふんするのは歴史大作には欠かせないスター、チャールトン・ヘストンだ。

ミケランジェロは、教皇ユリウス2世からシスティーナ礼拝堂に十二使徒を描くよう命じられるが、自分は彫刻家であって画家ではないと断ろうとする。しかし、教皇の権力で、仕方なく仕事をさせられる。少し描いて街へ出て、酒場で赤ワインを飲む。飲んですぐ吐き出してしまう。ワインがダメになっていたからだ。店主に文句を言うと、酒場の店主は自分も飲んでみて確認し、赤ワインの入った巨大な樽の栓を壊して、ワインを全て捨ててしまう。ダメなものは捨てるという、立派な店主だったのである。

これを見たミケランジェロは自分の仕事を反省し、それまで天井に描いていた画を壊して、全く違う画を新たに描き始める。その後、ユリウス2世とミケランジェロの反発と、奇妙な友情が描かれる。映画はワイドスクリーンを有効に使ったスケール感のある映像が素晴らしかった。戦闘場面や、街を埋め尽くす隊列など、スペクタクルに見応えがあった。ヘストンや、ユリウス2世を演じたレックス・ハリソンも映像のスケールに負けない存在感を見せている。

ワインの飲酒が娯楽として広まったのはルネサンス以降で、保存技術が向上したのは17世紀後半らしいので、その間の物語ということだろうか。恐らく史実とは違うのだろうが、映画の中の話とはいえ、ダメになった赤ワインからシスティーナ礼拝堂の天井画を生み出したミケランジェロは、さすがである。ムダに酒を飲んでいない。

岩の井純米吟醸「雄町」特別限定

きれいに仕上がる山田錦に比べ、雄町はふくよかで複雑な味になるといわれている。個人的にも、「優しい」というよりは、「力強い」というイメージがあった。だが、この「岩の井純米大吟醸雄町特別限定」の雄町は、実に優しい味で、驚いた。千葉県御宿町の岩瀬酒造。精米歩合は50%。山廃仕込みで、アルコール度数は16度。

まず、口当たりが信じられないほど柔らかい。シルクのようだった。そして、雄町らしいふくよかさと旨味、酸味が広がり、最後にキレ。雄町の特徴であるふくよかさや複雑と、優しさや上品さが共存している。私が飲んだ雄町の中では、今のところ、最高の味だと思う。

岩瀬酒造は濃醇で酸のきいた酒が得意らしいので、このように優しい味は純米吟醸ならではの特別な味なのだろう。柏高島屋で試飲販売会があって、あまりの美味しさに衝撃を受け、すぐに購入した。

一緒に食べたのは、豚ばら肉の柚子胡椒、湯豆腐、そうめん。湯豆腐やそうめんはポン酢。柑橘系の酸っぱい味は、この「雄町」の優しさや複雑さと合ったかどうか分からないが、酒は進んだ。

天山大吟醸「飛天山」

佐賀県小城市にふるさと納税をして、返礼品として天山酒造から1年間、日本酒を送ってもらっている。天山酒造は七田で有名だが、七田以外の酒も旨い。

この「天山大吟醸飛天山」もそうだ。山田錦を100%使い、精米歩合は35%。それだけでもう美味しいのはわかるが、大吟醸ではあるけれど、きれいな酒というよりは、米の力強さが前に出ている。酸味もしっかりして、ふくよかさもある。大吟醸は普通は薫酒だが、むしろ醇酒に近く、薫酒のよさもある酒だと思う。

日本酒度は+3、酸度は1・5。仕込み水は天山山系の伏流水だ。この伏流水が中硬水で、米の甘味がグッと出ながらも、一種の辛さを出しているのかもしれない。酵母は何かわからないけれど、精米歩合35%というのは、YK35に合わせているのかも。

この日は石鯛の刺身、蒟蒻の刺身、鶏唐揚げ、豆酪で飲んだ。刺身や唐揚げにはスダチをかけて、夏らしく柑橘系の味と合わせてみた。「飛天山」ほどの旨味と酸味があれば、もっと濃厚な味の食べ物にも合うだろう。

きれいなだけではない力強さを感じさせる、実に贅沢な酒である。

夏のワイン「ステマッリ グリッロ」

夏のワインとしておすすめなのが、シチリアのステマッリ グリッロ。

20年ほど前の夏、イタリアを縦断して旅行した。ベネチア、ボローニャ、ローマ、ナポリと北から下り、最後はシチリアだった。それまでの地方は、赤ワインばかりだったが、シチリアだけは白ワインが主流で、どの店も赤はほとんど置いていなかった。シチリアは島なので、食事は魚介類が中心だ。赤ワインは合わないのである。

そのシチリアで最もポピュラーな白ワインのブドウがグリッロだった。シャルドネやシャブリ、リースリングのような複雑さ、奥深さはない。どちらかというと単調な味だが、今のような暑い夏にはぴったりだ。レモンのような酸味が強くて爽やかなのである。

「ステマッリ グリッロ 2017」は、グリッロの味がよく表現されている。香りは花のような華やかさがあり、飲むとレモンのような酸味の中に、花の蜜のような甘い味を感じる。冷やしている時は酸味が強く感じられ、時間がたって室温に近くなると、より甘さを感じるようになるが、基本的には爽やかな味である。

私にとっては、夏のシチリアの思い出が、このグリッロの独特の味だ。

日本橋三越の「レブレ」で、チーズソースとベーコンの鶏肉巻き、キッシュロレーヌ、蟹クリーム入り白身魚のオーブン焼き、ヤンソンの誘惑を買って帰り、グリッロと一緒に食べた。ヤンソンの誘惑とは、スウェーデンの伝統的家庭料理で、いわばポテトグラタンである。グラタン・ド・フィノアともほぼ同じ。ベジタリアンのヤンソン氏が誘惑に負けて食べたので、この名が付いているらしい。

蕎麦の名店「松風庵」と「花の九十九里」

我孫子、柏地区には、蕎麦の名店が多い。有名なのは柏の竹やぶだが、湖庵や松風庵も素晴らしい。

久しぶりに知人と2人で我孫子の松風庵に行った。ここは蕎麦が出るまで時間がかかるので、まず瓶ビールを注文する。アサヒスーパードライの中瓶に、蕎麦の実と滑子、青唐辛子を和えたものが出てくる。これが実に美味しい。

ビールを飲みほしてもまだ蕎麦はこない。「冷酒」とだけ壁に貼ってある日本酒を注文する。出てきたのは千葉県山武市の寒菊銘醸の「九十九里 純米酒」だった。日本酒らしい、しっかりとした酒である。飲み口は柔らかいが、後味に甘味と苦みがあって、米の旨味がきちんと表現されている。燗でやや辛くしてもいいかもしれない。

蕎麦は平打ち蕎麦と細打ち江戸蕎麦の合盛せいろと、平打ちと極荒蕎麦の合盛りで鴨汁蕎麦を2人で食べる。平打ちと細打ちは蕎麦の香りがふわーっと立って、スーッと体に入っていくような感じ。日本酒で言うと大吟醸である。極荒は無濾過純米原酒みたいな、強い蕎麦。蕎麦粉の味が力強く、のど越しはいいけれど、味はガツンと残る。塩で食べると大変に美味しい。この塩で食べる極荒と九十九里がとてもよく合う。九十九里は地元産のこしひかりを使っている。精米歩合は65%。癖がなく、実にオーソドックスな日本酒の味。味が濃厚な松風庵の蕎麦には、淡麗辛口よりもこの方がいい。

松風庵でお昼から、九十九里を飲みながら蕎麦を食べるのは、何ともいえず贅沢である。

 

 

ボルドー「ムートン・カデ」

先日、映画「おかえり、ブルゴーニュへ」を見てブルゴーニュのワインを飲んだら、今度はボルドーが飲みたくなった。

ブルゴーニュが1種類のブドウ(赤の場合はほぼピノ・ノワール)だけで造るモノセパージュなのに対し、ボルドーは数種類のブドウを使うアッサンブラージュ。バロン・フィリップス・ロスチャイルドのムートン・カデ・ルージュ2015は18か月熟成させたメルローが主体で8割、カベルネ・ソーヴィニョンが1割強とカベルネ・フラン1割弱をアッサンブラージュしたもの。

香りが実に華やか。カシス、ベリーの香りがふわーっと漂ってくる。口当たりはまろやか。だが次にはしかりとした果実味、スパイス、酸味がやってくる。複雑だけれど秩序だっているところがボルドーのまとまりの良さだと思う。一緒にやってこないで、ちゃんと順番を待ってやってくる。余韻はあるけれどくどくならないバランス感覚はさすが。

ブルーチーズ、蟹クリームコロッケ、ビーフステーキと飲む。食事ととても合わせやすい赤ワインだと思う。

日本酒ではアッサンブラージュよりも「山田錦100%」のようにモノセパージュの方が高級とされているように思う。ワインについてはよく知らないので何となくだが、モノセパージュの方がアッサンブラージュより高級とされている感じはある。それでもボルドーのアッサンブラージュだけは別だろう。ワインにとって、ボルドーは特別な場所である。私はピノ・ノワールのモノセパージュより、メルロー主体のアッサンブラージュの方が好き。葡萄の味がほぼそのまま反映されるワインとは違って、日本酒は酵母や製法によってかなり味は変わってくるので、同じにはできないが、酒米のアッサンブラージュによる可能性というのはもっとあるのかもしれない。

 

はねぎ搾り「萬勝」

醪を絞るには大きくわけて3種類あると思う。一つは「ヤブタ」。機械でグッと搾る。たくさん搾れて効率はいいけれど、雑味も出てしまう。もう一つは伝統の「槽(ふね)搾り」。そーっと搾る感じで、雑味が出ないようにある程度コントロールできる。そして、袋に醪を入れて吊るし、重力で出てくる酒だけを集める「吊るし」。もはや搾ってはいない。これは高級で、きれいな酒になる。

はねぎ搾りとは、槽搾りの一種といえるだろうか。巨大な木を槽の上に置き、滑車を使い、てこの原理で圧力をかけていくらしい。手間がかかるので今はほとんど行われていないというが、長崎県南島原市の吉田屋では、このやり方を復活させているという。その搾り方で造られたのが、「萬勝 はねぎ搾り純米吟醸酒 撫子酵母使用」である。アルコール分は14度以上15度未満とやや低め。精米歩合60%。開栓すると、ふわーっと花のような香りが漂ってくる。口に含むと、まろやかで優しい甘さ。そしてじわーっと黒砂糖の苦みのような後口と、微妙な酸味。全体はすっきりとしているが、それだけじゃない奥深さがある。この奥深さとデリケートな感じは、はねぎ搾りで丁寧に造られているからだろうか。

撫子酵母とは、なでしこの花から分離した酵母らしい。あの花のような華やかな香りは、撫子酵母の由来だろうか。品のいい甘さは食事にもよく合った。