『肉体の悪魔』と1905年のポマール

DVDでクロード・オータン=ララの『肉体の悪魔』を見た。ジェラール・フィリップが有名になった、1947年のモノクロのフランス映画だ。この作品には、赤ワインを巡る印象的な場面がある。

舞台は1917年、第一次世界大戦が終わろうとしているフランス。17歳の高校生、フランソワは、高校に臨時に設けられた病院の新人看護婦マルトに恋をする。マルトは年上で、軍人の婚約者もいたが、フランソワは諦めない。強引に言い寄って、2人でレストランに入る。そこで、1905年のポマールを注文する。

ポマールはブルゴーニュの村の名前であり、ブルゴーニュを代表する赤ワインの名前である。ブルゴーニュなので、ピノ・ノワール。1905年の赤ワインは17年時点では、12年ほど熟成されている。それほど安くはないと思われる。もちろん、高校生のフランソワには金がないので、マルトが払ったのだろう。

マルトはワインがコルク臭いとフランソワにウソを言い、分からないのかと挑発する。フランソワはそれがウソであることを感じつつ、ソムリエに文句を言う。ソムリエは自分で飲んでみて、さらに同僚にも飲ませて、問題はないと主張するが、フランソワは納得しない。

ワインがコルク臭くなる現象はブショネといい、高級ワインの1割近くに起こるという。だが、よほど自信がないとクレームはつけにくいだろう。結局、ソムリエは認めなかったが、支配人が出てきてワインを替えるように指示して決着する。

この場面はなかなかよく考えられている。自分の感覚というのは、他人とは絶対に共有できない。マルトはその共有できない感覚をフランソワに共有するよう、強要したのである。しかも、ウソの感覚だ。それをフランソワは、ウソと知りつつ、あえて受け入れる。それはエロティックなゲームであり、2人だけの秘密でもある。この映画のテーマである不倫の恋とも結びつき、2人が関係を深めるきっかけとしては、とてもうまい。

その後、2人はいったんは別れ、マルトは軍人と結婚する。だが、再会した2人は肉体関係を持ってしまい、やがてマルトは妊娠してしまう。17歳の少年と年上の既婚者の肉体関係は、今では犯罪になりかねないが、映画は2人の恋と肉欲を美しく、官能的に描く。戦時下という特殊な状況で、年下の男の身勝手さに苦しみながら別れられない女性を、シュリーヌ・プレールが繊細に演じている。

2人が初めて肉体関係を持つ場面に出て来る、グロッグという酒も印象的だ。フランソワはマルトの家まで、雨の中をずぶ濡れになってやって来る。マルトはフランソワの冷えた身体を温めるため、グロッグを作る。ラム酒をお湯で割り、レモンや角砂糖を入れて、シナモンスティックなどを添えたホット・カクテルだ。「グロッキー」の語源は、このグロッグで酩酊した人のことだという。

ボルドー「ムートン・カデ」

先日、映画「おかえり、ブルゴーニュへ」を見てブルゴーニュのワインを飲んだら、今度はボルドーが飲みたくなった。

ブルゴーニュが1種類のブドウ(赤の場合はほぼピノ・ノワール)だけで造るモノセパージュなのに対し、ボルドーは数種類のブドウを使うアッサンブラージュ。バロン・フィリップス・ロスチャイルドのムートン・カデ・ルージュ2015は18か月熟成させたメルローが主体で8割、カベルネ・ソーヴィニョンが1割強とカベルネ・フラン1割弱をアッサンブラージュしたもの。

香りが実に華やか。カシス、ベリーの香りがふわーっと漂ってくる。口当たりはまろやか。だが次にはしかりとした果実味、スパイス、酸味がやってくる。複雑だけれど秩序だっているところがボルドーのまとまりの良さだと思う。一緒にやってこないで、ちゃんと順番を待ってやってくる。余韻はあるけれどくどくならないバランス感覚はさすが。

ブルーチーズ、蟹クリームコロッケ、ビーフステーキと飲む。食事ととても合わせやすい赤ワインだと思う。

日本酒ではアッサンブラージュよりも「山田錦100%」のようにモノセパージュの方が高級とされているように思う。ワインについてはよく知らないので何となくだが、モノセパージュの方がアッサンブラージュより高級とされている感じはある。それでもボルドーのアッサンブラージュだけは別だろう。ワインにとって、ボルドーは特別な場所である。私はピノ・ノワールのモノセパージュより、メルロー主体のアッサンブラージュの方が好き。葡萄の味がほぼそのまま反映されるワインとは違って、日本酒は酵母や製法によってかなり味は変わってくるので、同じにはできないが、酒米のアッサンブラージュによる可能性というのはもっとあるのかもしれない。

 

映画『おかえり、ブルゴーニュへ』

最近、ワインと日本酒についての2本の映画を見た。ワインは「おかえり、ブルゴーニュへ」。「猫が行方不明」のセドリック・クラビッシュ監督の新作だ。日本酒は、瀬木直貴監督、川栄李奈主演の「恋のしずく」。「おかえり、ブルゴーニュへ」はタイトルの通り、フランスのブルゴーニュが舞台で、「恋のしずく」は広島の西条が舞台だった。

この2本は、それぞれワイン造り、日本酒造りの現場を丁寧に描いているのと、造り手たちの家族の物語になっているところが、よく似ている。

「おかえり、ブルゴーニュへ」は、ワイナリーを飛び出して世界を巡っていた長男が、父親が危篤という知らせを受けて、地元へ帰ってくるところから始まる。ワイナリーは長男の妹の長女と弟の二男が守っているのだが、やがて父親は亡くなり、3人のきょうだいが力を合わせてワイン造りを続けていくことになる。相続税を支払うために畑を売るかどうかで、3人は揉める。長男は恋人との仲がうまくいっていないし、長女はワイン造りの指揮をとる自信がない。二男は妻の実家との関係がうまくいかない。それぞれ悩みを抱えながらワインを造っていく物語は、よくあるけれど、細やかに描かれていて、心を打つものだった。ブルゴーニュのワイン畑の風景も気持ちがよかった。

ところで、映画の中でワイン造りを指揮する長女が悩むのが、除梗(じょこう)率だ。「梗」とは、ブドウの実についている小さな枝である。かつて、ワインは「梗」を取り除かずに造られていたのだが、やがて、「梗」を取り除くことで、えぐみを取り去るようになった。除梗すればえぐみはなくなりピュアな味になるが、除梗しすぎると味の複雑さやスパイシーさもなくなってしまう。100%除梗するという考えもある一方で、全く除梗しない全梗発酵という考えもある。

これは精白率(精米歩合)にも似た話だなと思って、面白かった。ついワインが飲みたくなって、ブルゴーニュの赤を買った。ブルゴーニュはほぼピノ・ノワールである。有名なオート・コート・ド・ニュイの2015年。5500円。これは100%除梗されていて、ピノ・ノワールのブドウの味が純粋に表現されている。上品で繊細、シルキーな味わいだった。ただ、一緒に食べたブルーチーズの蜂蜜掛けは合わなかった。チーズがそれしかなかったのだが、マリアージュとしては失敗だろう。ブルーチーズの濃厚さはピノ・ノワールの繊細さを感じられなくしてしまう。

精米歩合もかつては低いほどいいという考えがあって、鑑評会で金賞をとるには「YK35」(山田錦、熊本9号酵母、精米歩合35%)などと言われたが、最近は90%など、ほとんど食米みたいな精米歩合の日本酒も造られている。それはそれで、複雑で深い味わいがあって美味しい。最近、精米歩合99・9%の「九九・九」という酒が話題になっていたが、昨日、近所のスーパーで、精米歩合100%、つまり、全くの玄米で造られた日本酒を発見した。「醍醐のしずく」を造っている千葉の「寺田本家」の「発芽玄米酒 五人娘むすひ」である。といってもこれは日本酒ではないのだろうか。「九九・九」は純米酒だが、「むすひ」はラベルに「その他の醸造酒」と書いてある。少しでも精米していないと「清酒」にはならないのだろうか。瓶内発酵しているので「横倒厳禁」などと書いてあって、早く飲んでしまった方がよいのか、少し発酵させた方がよいのか、迷っている。食べ物には合わせにくいだろうなと思う。