夏のホラー特集②「全生庵の幽霊画」

毎年夏になると、谷中の全生庵へ幽霊画を見に行く。

全生庵では、怪談の名手として有名な落語家・三遊亭円朝が集めた幽霊画を所蔵しており、夏に公開している。円朝は幕末から明治にかけて活躍し、足のないはずの幽霊がカラン、コロンと下駄の音を響かせてやってくる「怪談牡丹燈籠」で有名だ。

もう十数年前から通っていて、展示されている幽霊画もほぼ同じだが、見ないと落ち着かないし、見るたびに自分の中では発見がある。

今年も公開が終了するぎりぎりで間に合った。幽霊画は掛け軸で33幅がお堂に並んでいる。お客さんは5、6人しかいなかったので、ゆっくりと見ることができる。

お堂には大きなエアコンが設置してある。暑いのでかなり強力に運転されており、ゴーゴーと大きな音をたてている。それと、お客さんたちが歩くたびに、木の床がきしんでギュウギュウと音をたてる。皆、無言で見ているので、音はそれだけだ。

その音が、幽霊画に合わせて、いろいろに変化をするのが面白い。例えば、滝の中から幽霊が現れる画を見ていると、エアコンのゴーゴーという音が瀑布の轟音に聞こえてくる。柳が風に吹かれる画では、それが風の音となる。痩せさばらえた遊女が階段の途中で振り向く画では、お客さんが歩いて床がきしむ音が、遊女が階段を上っていく足音のように聞こえる。音のないはずの画から、確かに音がする。とても怖い。

だが一番怖いのは、音が消えてしまうことだ。鏑木清方が「お菊さん」を描いた画がある。お菊さんというと、番長皿屋敷の「1枚、2枚」と皿を数える幽霊であるが、ここに描かれたお菊さんは、虐待された女性の象徴的な存在であるという。着物姿の女性が茶をささげ持つ画だが、女性は俯いていて、顔が見えない。見えないのが怖い。顔を想像してしまう。それに、なぜかこの幽霊画は、全体が輝いて見える。見ているうちに、画からお菊さんが出て来るような気がしてくる。気づくと、エアコンの音も、お客さんの足音も、すべての音が消えてしまっていた。意識が音を離れてしまったのだ。あの世の静寂である。

全生庵の近くには、「イリアス」という雑貨屋がある。ここでは毎年、天野行雄さんというアーティストが、妖怪をテーマに作った様々なグッズを展示販売する「日本物怪観光のお化け物産展」が開かれる。今年の新作は、オバケロボだった。

夏のホラー特集①「金剛宗家の能面と能装束」

子供の頃から怖いものが好きで、映画もホラー映画がジャンルとしては最も好きである。夏はホラーの季節。ふだんは能楽など見ないのに、三越前の三井記念美術館で開かれている「金剛宗家の能面と能装束」に行ったのも、怖いものを見たかったからだ。

能には現在能という生きている人間しか出てこない物語もあるが、ほとんどは夢幻能である。夢幻能は超自然的な存在の物語で、あの世から出てきた亡霊や、この世のものではない神仏、鬼、妖怪らが登場する。

能面は、その「あの世」の存在を表現するために作られている。名人たちが作り上げた能面は、「あの世」の空気を濃密に纏っている。

昔は今よりも、死がはるかに身近だった。江戸時代までは川に死体が浮かんでいるのが当たり前だったというし、家族や友人が死ぬのを直接見ることもよくあっただろう。今は死は病院などに隔離され、見えにくくなっている。

宗教的な感覚も今とは違っていただろう。昔の人々は、死んだ人々をどのように身近に感じていたのか。その答えの一つが、この能面の数々だと思う。

会場には、金剛流に伝わる能面を中心に、名人たちが表現する「あの世の顔」が並んでいた。じっと見ていると、本当に目の前にあの世の存在が現れたような感覚になって、とても怖い。怖いだけでなく、あの世の幽玄さや神仏の品格までが、見事に表現されている。龍右衛門作の「雪の小面」「花の小面」、「増女」など、じっと見ていると、面がこちらを見返してくる。魅入られてしまいそうになる。

般若などの鬼の面も恐ろしい。ユーモラスな翁の面はほっとする。一つひとつの面に、心を揺さぶられる。能楽に全く興味がなくても、怪奇や恐怖を愛する人々は、ぜひ見るべきだろう。