映画『ウスケボーイズ』と日本ワイン

30年ほど前、国産ワインは不味かった。社会人になってすぐの頃である。ベタベタした甘さと雑味があり、外国のワインに比べると、ワインと呼べるようなものではなかった。ところが、数年前に何かのきっかけで日本ワインを飲んで、こんなに美味しくなったのか、と驚いた。

昨年、つまり2017年の10月、30年ぶりくらいに山梨県の勝沼へ行って、いくつかワイナリーを巡った。シャトー・メルシャンのテイスティングカフェで試飲した「桔梗ヶ原メルロー」は、これまで飲んだ赤ワインの中で、最も美味だった。何と深みがある味だろうと衝撃を受けた。くらむぼんワインの甲州とマスカットベイリーAは、実に洗練されていた。

いつの間に日本のワインは変わったのだろうか。その答えが、実話を映画化した『ウスケボーイズ』(10月20日公開)にある。ちなみに、「国産ワイン」と「日本ワイン」はイコールではない。日本ワインとは、国産ブドウを100%使い、国内で製造されたワイン。日本のワインとか、国産ワインと呼ばれているものは、海外から輸入したブドウや濃縮果汁を使って国内で製造したワインである。「日本ワイン」の表示が法律として施行されるのは今年の10月から。つまり、この映画は施行のタイミングで公開され、「日本ワインとは何か」という問いに対する答えにもなっている。

いつの時代の話か、映画の中では明確に示されていないが、おそらく2000年から2003年ごろの物語だろう。「ワイン友の会」のメンバーである山梨大学の大学院生たちが、日本のワインとフランスのワインをブラインドテイスティングする。30年前の私のように、当然、フランスのワインの方が遥かに美味しいと思っていた彼らは衝撃を受ける。フランスを凌ぐ日本のワインがあったからだ。それが「桔梗ヶ原メルロー」。私がシャトー・メルシャンで飲んで驚いたワインだった。彼らはこのメルローを産んだ麻井宇介に会い、そのワイン造りの思想に感銘を受ける。そして、日本の土壌では困難と言われたワイン用ブドウの栽培に取り組んでいく。渡辺大が演じる主人公は、会社を辞め、ブドウ畑を借りるところからワイン造りを始める。他にも、実家のブドウ農家で栽培を始める者や、見合いでブドウ農家の娘と結婚して始める者など様々だが、情報を共有しながら、それぞれのやり方で日本ワインを産みだしていく。麻井宇介に影響を受けた造り手たちだから、「ウスケボーイズ」。彼らが日本のワインを変えたのである。

麻井宇介はペンネームで、本名は浅井昭吾。シャトー・メルシャンの工場長やワイン事業部長だった人物だ。長野県の桔梗ヶ原で生食用のブドウをワイン用のメルローへ植え替え、桔梗ヶ原メルローを産んだ。2002年に死去しており、その場面は映画にも出てくる。映画には、シャトー・メルシャンやくらむぼんワインなど、昨年、私が巡った場所も登場する。

くらむぼんワインにお伺いした時、社長の野沢たかひこさんに話を聞いた。4代目社長の野沢さんはフランスでワイン造りを学び、甘口から辛口へ、それまで自社で造っていたワインを大きく変えた。同じ世代の造り手たちで情報交換しながら新たなワイン造りに取り組んだと話していた。映画の中の若者たちと同じだった。まるで、野沢さんの話が映画になったようだ。野沢さんが言っていた「日本の気候風土をワインで表現したい」という言葉も、浅井宇介の思想を受け継いでいるように思った。ただ、野沢さんは映画に登場するウスケボーイズではない。モデルになっているのは、山梨県北杜市のボー・ペイサージュ、長野県塩尻市のKidoワイナリー、長野県小布施市の小布施ワイナリーを経営している3人である。これらのワイナリーは人気があり過ぎて今もワインを入手しにくいが、映画が公開されるとさらに入手困難になるかもしれない。

映画に登場する造り手たち以外にも、日本全国で同じように新たなワイン造りに取り組んだ若者たちがいたのだろう。それは、日本酒の世界も同じだ。人類史上最高と思われる今の日本酒の品質も、これまでの日本酒造りを変えようとした若者たちによって生まれたのだと思う。

私がよく飲む日本ワインは、山形県の蔵王ウッディファーム&ワイナリーのメルローである。山形にお住まいのボタニカルアートの画家、杉崎紀世彦さんと文子さん夫妻に送ってもらい、実に美味しかったので、その後、メルローを飲み続けている。桔梗ヶ丘メルローのように高価ではない。日本のワインは美味しくないと思う人には、このメルローをぜひ、飲んでみて欲しい。

 

 

 

 

『肉体の悪魔』と1905年のポマール

DVDでクロード・オータン=ララの『肉体の悪魔』を見た。ジェラール・フィリップが有名になった、1947年のモノクロのフランス映画だ。この作品には、赤ワインを巡る印象的な場面がある。

舞台は1917年、第一次世界大戦が終わろうとしているフランス。17歳の高校生、フランソワは、高校に臨時に設けられた病院の新人看護婦マルトに恋をする。マルトは年上で、軍人の婚約者もいたが、フランソワは諦めない。強引に言い寄って、2人でレストランに入る。そこで、1905年のポマールを注文する。

ポマールはブルゴーニュの村の名前であり、ブルゴーニュを代表する赤ワインの名前である。ブルゴーニュなので、ピノ・ノワール。1905年の赤ワインは17年時点では、12年ほど熟成されている。それほど安くはないと思われる。もちろん、高校生のフランソワには金がないので、マルトが払ったのだろう。

マルトはワインがコルク臭いとフランソワにウソを言い、分からないのかと挑発する。フランソワはそれがウソであることを感じつつ、ソムリエに文句を言う。ソムリエは自分で飲んでみて、さらに同僚にも飲ませて、問題はないと主張するが、フランソワは納得しない。

ワインがコルク臭くなる現象はブショネといい、高級ワインの1割近くに起こるという。だが、よほど自信がないとクレームはつけにくいだろう。結局、ソムリエは認めなかったが、支配人が出てきてワインを替えるように指示して決着する。

この場面はなかなかよく考えられている。自分の感覚というのは、他人とは絶対に共有できない。マルトはその共有できない感覚をフランソワに共有するよう、強要したのである。しかも、ウソの感覚だ。それをフランソワは、ウソと知りつつ、あえて受け入れる。それはエロティックなゲームであり、2人だけの秘密でもある。この映画のテーマである不倫の恋とも結びつき、2人が関係を深めるきっかけとしては、とてもうまい。

その後、2人はいったんは別れ、マルトは軍人と結婚する。だが、再会した2人は肉体関係を持ってしまい、やがてマルトは妊娠してしまう。17歳の少年と年上の既婚者の肉体関係は、今では犯罪になりかねないが、映画は2人の恋と肉欲を美しく、官能的に描く。戦時下という特殊な状況で、年下の男の身勝手さに苦しみながら別れられない女性を、シュリーヌ・プレールが繊細に演じている。

2人が初めて肉体関係を持つ場面に出て来る、グロッグという酒も印象的だ。フランソワはマルトの家まで、雨の中をずぶ濡れになってやって来る。マルトはフランソワの冷えた身体を温めるため、グロッグを作る。ラム酒をお湯で割り、レモンや角砂糖を入れて、シナモンスティックなどを添えたホット・カクテルだ。「グロッキー」の語源は、このグロッグで酩酊した人のことだという。

映画『華麗なる激情』とワイン

ミケランジェロは、ルネサンスを代表する芸術家の一人だ。上野の国立西洋美術館で開かれている彫刻展「ミケランジェロと理想の身体」に行く前に、ミケランジェロについて少し知っておこうと、映画『華麗なる激情』を見た。この映画の重要な場面に赤ワインが関わっている。これも一種の酒の映画だった。

ミケランジェロがバチカンのシスティーナ礼拝堂に描いた天井画の誕生物語である。1965年の作品で、監督は『第三の男』の名匠、キャロル・リード。ミケランジェロにふんするのは歴史大作には欠かせないスター、チャールトン・ヘストンだ。

ミケランジェロは、教皇ユリウス2世からシスティーナ礼拝堂に十二使徒を描くよう命じられるが、自分は彫刻家であって画家ではないと断ろうとする。しかし、教皇の権力で、仕方なく仕事をさせられる。少し描いて街へ出て、酒場で赤ワインを飲む。飲んですぐ吐き出してしまう。ワインがダメになっていたからだ。店主に文句を言うと、酒場の店主は自分も飲んでみて確認し、赤ワインの入った巨大な樽の栓を壊して、ワインを全て捨ててしまう。ダメなものは捨てるという、立派な店主だったのである。

これを見たミケランジェロは自分の仕事を反省し、それまで天井に描いていた画を壊して、全く違う画を新たに描き始める。その後、ユリウス2世とミケランジェロの反発と、奇妙な友情が描かれる。映画はワイドスクリーンを有効に使ったスケール感のある映像が素晴らしかった。戦闘場面や、街を埋め尽くす隊列など、スペクタクルに見応えがあった。ヘストンや、ユリウス2世を演じたレックス・ハリソンも映像のスケールに負けない存在感を見せている。

ワインの飲酒が娯楽として広まったのはルネサンス以降で、保存技術が向上したのは17世紀後半らしいので、その間の物語ということだろうか。恐らく史実とは違うのだろうが、映画の中の話とはいえ、ダメになった赤ワインからシスティーナ礼拝堂の天井画を生み出したミケランジェロは、さすがである。ムダに酒を飲んでいない。

映画『恋のしずく』

酒蔵を舞台にした映画『恋のしずく』を試写で見た。『ラーメン侍』の瀬木直貴監督の新作だ。川栄李奈の初めての主演作だが、実に真っ当な「日本酒映画」だった。日本酒好きは必見だと思う。日本酒造りや、酒蔵を取り巻く問題が、丁寧に描かれていて、今の日本酒の全体像のようなものが、よくわかるのである。

ワイン留学を目指す女子大生が、農大の実習で広島県東広島市西条の酒蔵に行かされることになる。だが、彼女はワイナリーでの実習を希望しており、しかも、日本酒嫌いだった。この女子大生を演じているのが川栄である。実習先の酒蔵で女子大生が出会うのは、病気の蔵元(大杉漣)と、酒蔵を継ぐのを嫌がって別の仕事をしている息子、頑固な杜氏など。いかにも典型的な人物像だし、蔵元が世を去り、息子が酒蔵を継ぐ決心をするところなど、ありがちだが、現在の日本の多くの小さな酒蔵もまた、こんな感じなのだろう。

女子大生は美味しい日本酒(おそらくフルーティーですっきりとした白ワインのような吟醸酒。架空の酒蔵の酒だが、金光酒蔵が商品化したらしい。やはりすっきり系の純米吟醸だろうか)に出会って日本酒へのイメージが変わり、日本酒が好きになっていく。この展開も予想通りだ。女子大生を巡る人々の恋愛模様もあって、青春映画でもある。

それらの話は気持ちがよいほど想像通りに進み、それなりに楽しい。川栄もごく普通の女子大生を生き生きと演じている。だが、日本酒好きにとって嬉しいのは、洗米から蒸米、製麹、酒母造り、山おろしと、日本酒造りの過程がきっちりと描かれていることである。「平行複発酵」というような言葉が出て来る映画は、なかなかないと思う(『おかえり、ブルゴーニュへ』も「除梗」という言葉が出て来る珍しい映画だったが)。

映画に出て来る酒蔵は、おそらく賀茂鶴酒造だろう。セットではなく、実際の酒蔵で撮影しているし、西条の街並みも、美酒鍋も、「酒まつり」の様子も出てきて、西条のご当地映画としても魅力的である。この映画を見て、私は今年の夏休み(といっても9月の終わりごろだが)は西条へ行くことにした。

大杉漣は死ぬ役だが、本当に亡くなってしまい、これが遺作となった。途中で死ぬので出番は少ないが、昔ながらの蔵元をしみじみと演じていて、印象に残った。

映画『おかえり、ブルゴーニュへ』

最近、ワインと日本酒についての2本の映画を見た。ワインは「おかえり、ブルゴーニュへ」。「猫が行方不明」のセドリック・クラビッシュ監督の新作だ。日本酒は、瀬木直貴監督、川栄李奈主演の「恋のしずく」。「おかえり、ブルゴーニュへ」はタイトルの通り、フランスのブルゴーニュが舞台で、「恋のしずく」は広島の西条が舞台だった。

この2本は、それぞれワイン造り、日本酒造りの現場を丁寧に描いているのと、造り手たちの家族の物語になっているところが、よく似ている。

「おかえり、ブルゴーニュへ」は、ワイナリーを飛び出して世界を巡っていた長男が、父親が危篤という知らせを受けて、地元へ帰ってくるところから始まる。ワイナリーは長男の妹の長女と弟の二男が守っているのだが、やがて父親は亡くなり、3人のきょうだいが力を合わせてワイン造りを続けていくことになる。相続税を支払うために畑を売るかどうかで、3人は揉める。長男は恋人との仲がうまくいっていないし、長女はワイン造りの指揮をとる自信がない。二男は妻の実家との関係がうまくいかない。それぞれ悩みを抱えながらワインを造っていく物語は、よくあるけれど、細やかに描かれていて、心を打つものだった。ブルゴーニュのワイン畑の風景も気持ちがよかった。

ところで、映画の中でワイン造りを指揮する長女が悩むのが、除梗(じょこう)率だ。「梗」とは、ブドウの実についている小さな枝である。かつて、ワインは「梗」を取り除かずに造られていたのだが、やがて、「梗」を取り除くことで、えぐみを取り去るようになった。除梗すればえぐみはなくなりピュアな味になるが、除梗しすぎると味の複雑さやスパイシーさもなくなってしまう。100%除梗するという考えもある一方で、全く除梗しない全梗発酵という考えもある。

これは精白率(精米歩合)にも似た話だなと思って、面白かった。ついワインが飲みたくなって、ブルゴーニュの赤を買った。ブルゴーニュはほぼピノ・ノワールである。有名なオート・コート・ド・ニュイの2015年。5500円。これは100%除梗されていて、ピノ・ノワールのブドウの味が純粋に表現されている。上品で繊細、シルキーな味わいだった。ただ、一緒に食べたブルーチーズの蜂蜜掛けは合わなかった。チーズがそれしかなかったのだが、マリアージュとしては失敗だろう。ブルーチーズの濃厚さはピノ・ノワールの繊細さを感じられなくしてしまう。

精米歩合もかつては低いほどいいという考えがあって、鑑評会で金賞をとるには「YK35」(山田錦、熊本9号酵母、精米歩合35%)などと言われたが、最近は90%など、ほとんど食米みたいな精米歩合の日本酒も造られている。それはそれで、複雑で深い味わいがあって美味しい。最近、精米歩合99・9%の「九九・九」という酒が話題になっていたが、昨日、近所のスーパーで、精米歩合100%、つまり、全くの玄米で造られた日本酒を発見した。「醍醐のしずく」を造っている千葉の「寺田本家」の「発芽玄米酒 五人娘むすひ」である。といってもこれは日本酒ではないのだろうか。「九九・九」は純米酒だが、「むすひ」はラベルに「その他の醸造酒」と書いてある。少しでも精米していないと「清酒」にはならないのだろうか。瓶内発酵しているので「横倒厳禁」などと書いてあって、早く飲んでしまった方がよいのか、少し発酵させた方がよいのか、迷っている。食べ物には合わせにくいだろうなと思う。