GI白山の萬歳楽「劔」

 

GI(Giographical Indication)とは、日本では2014年にできたばかりの地理的表示保護制度だ。原産地呼称と言ってもいい。海外には以前からあり、例えばフランスの「ボルドー」や「ブルゴーニュ」などもGIである。日本で初めて清酒のGIに指定されたのが石川県白山市の「白山」という(その後、県では山形県が清酒のGIに指定されている)。

萬歳楽「劔」山廃純米のボトルには、GI HAKUSANの文字が誇らしく描かれている。五百万石100%、アルコール分16度、精米歩合68%。石川県白山市にある小堀酒造店の日本酒だ。精米歩合が高めなのは、五百万石が心白が大きいので削りにくいからだろうか。「劔」は五百万石の良さがよく表現された酒だと思う。すっきりした上立ち香。米の甘味も旨味もあり、キレもある。そして、白山の清水が心に浮かぶ。

白山の伏流水はカルシウムが多く、カリウムが少ないため、発酵が穏やかになり、米の溶解が促されることで旨味が引き出されるのだという。

ワインは山梨、というような連想でいえば、酒は灘や伏見、西条であろう。伏見や灘ではなく、なぜ白山が原産地呼称なのだろうか。GIには原料や製法についていろんな規定があり、大手の酒造会社が多く、パック酒などの安価な酒も造っている灘や伏見では、その規定を設置しずらいのかもしれない。

「桃の滴 愛山」愛山の独特の酸味

「桃の滴」は京都の松本酒造の酒である。昔、京都の旅館「柊家」に二度、泊まったことがあるが、日本酒はこの「桃の滴」の大吟醸しかなかった(今はどうなのかわからない)という記憶がある。柊家の繊細な和食に合う、繊細な酒だった。

その時のイメージが変わってしまったのが、この「桃の滴 愛山」だ。アルコール分16度、精米歩合65%。愛山は晩生で倒れやすく、非常に作りにくい米だが、灘の剣菱酒造が契約栽培を続けて守ってきたという。「桃の滴 愛山 純米酒」はこの愛山を100%使っている。

味はかなり個性的。柊家で飲んだ「桃の滴」とは全く違う印象だ。まず、米の甘さ、そして独特の酸味を強烈に感じる。そしてキレがある。精米歩合が65%と低いのは、心白が大きくて壊れやすいためだろう。

愛山という米の特徴が独特の酸味によく表れていて、実にいい。上喜元や初孫にも愛山を使った酒があるという。この酸味をまた別の酒でも味わってみたい。

上善如水の至上の柔らかさ

新潟・白瀧酒造の「上善如水」といえば、1990年代の淡麗辛口ブームを代表する酒というイメージがあった。若い頃、飲んだ時は、うまいとは思ったが、その名の通り「水」みたいで物足りないとも思った。ワイングラスで酒を飲むような淡麗辛口ブームをややバカにしていたところもあって、それほど好きな酒ではなかった。

ところが、今、改めて飲んでみて、その柔らかさに感動してしまった。もう、これ以上ないくらい柔らかい。何ともすっきりした口当たり。ふわっとフルーティーな香りがして、その後はスーッと消えていく。その感覚は「柔らかい」としか言いようがない。他の淡麗辛口の酒とはまた違う。至上の柔らかさである。

精米歩合60%。アルコール度数はやや低めの14度から15度。洋食にも合うと思う。

若い頃に飲んだ味の記憶を、はるかに超えた美味しさだった。よく知っていると思っている味も、もう一度飲んでみると、また違うものだ。

映画『恋のしずく』

酒蔵を舞台にした映画『恋のしずく』を試写で見た。『ラーメン侍』の瀬木直貴監督の新作だ。川栄李奈の初めての主演作だが、実に真っ当な「日本酒映画」だった。日本酒好きは必見だと思う。日本酒造りや、酒蔵を取り巻く問題が、丁寧に描かれていて、今の日本酒の全体像のようなものが、よくわかるのである。

ワイン留学を目指す女子大生が、農大の実習で広島県東広島市西条の酒蔵に行かされることになる。だが、彼女はワイナリーでの実習を希望しており、しかも、日本酒嫌いだった。この女子大生を演じているのが川栄である。実習先の酒蔵で女子大生が出会うのは、病気の蔵元(大杉漣)と、酒蔵を継ぐのを嫌がって別の仕事をしている息子、頑固な杜氏など。いかにも典型的な人物像だし、蔵元が世を去り、息子が酒蔵を継ぐ決心をするところなど、ありがちだが、現在の日本の多くの小さな酒蔵もまた、こんな感じなのだろう。

女子大生は美味しい日本酒(おそらくフルーティーですっきりとした白ワインのような吟醸酒。架空の酒蔵の酒だが、金光酒蔵が商品化したらしい。やはりすっきり系の純米吟醸だろうか)に出会って日本酒へのイメージが変わり、日本酒が好きになっていく。この展開も予想通りだ。女子大生を巡る人々の恋愛模様もあって、青春映画でもある。

それらの話は気持ちがよいほど想像通りに進み、それなりに楽しい。川栄もごく普通の女子大生を生き生きと演じている。だが、日本酒好きにとって嬉しいのは、洗米から蒸米、製麹、酒母造り、山おろしと、日本酒造りの過程がきっちりと描かれていることである。「平行複発酵」というような言葉が出て来る映画は、なかなかないと思う(『おかえり、ブルゴーニュへ』も「除梗」という言葉が出て来る珍しい映画だったが)。

映画に出て来る酒蔵は、おそらく賀茂鶴酒造だろう。セットではなく、実際の酒蔵で撮影しているし、西条の街並みも、美酒鍋も、「酒まつり」の様子も出てきて、西条のご当地映画としても魅力的である。この映画を見て、私は今年の夏休み(といっても9月の終わりごろだが)は西条へ行くことにした。

大杉漣は死ぬ役だが、本当に亡くなってしまい、これが遺作となった。途中で死ぬので出番は少ないが、昔ながらの蔵元をしみじみと演じていて、印象に残った。

純米酒「白露」とすき焼き

一人でボーっとしていると、アッという間に時間が経つ。お盆休みが5日間あったが、このブログを開設する以外、何もしないうちに終わってしまった。

昼食を食べたかと思ったら、もう夕食の時間が来て、慌てて買い物に行くのだが、スーパーで売っている野菜は一人では多い。で、本日のメニューは、一人すき焼き、ひじき豆、そして豆酪(豆腐のもろみ漬け)にした。一人すき焼きの具は、豆腐と牛肉と葱のみである。それで足りなければ、歩いて行けるラーメン店で〆ることにした。

すき焼きに合う日本酒とは? 「日本酒の教科書」によると、古酒などのいわゆる熟酒となっているが、今は夏の酒しか手元にない。スーパーには熟酒が売っていない。仕方がないので飲み残しがあった千葉県富津市の和蔵酒造の純米酒「柏寿」を飲んだ。「柏寿」は米の旨味や酸味がちゃんとあり、おそらく醇酒であると思われるが、すき焼きにもわりと合う。すき焼きは熟酒なんて、誰が決めたのか、と思う。こういうマッチングは唎酒師や日本酒検定の試験にも出るだろうから、覚えなければならないが、やはりどこかで、料理との相性なんて個人の好みだし、爽酒や薫酒でもすき焼きに合うものもあるのではないかと思ってしまう。

それは「身体を温める食材」「身体を冷やす食材」などの分類にもいえる。ナスやトマトなどの夏野菜は身体を冷やし、牛肉や豚肉などは身体を温めるという陰陽に基づいた迷信である。マクロビオティックにも同じような考え方はあるが、科学的には何の根拠もない。科学的に根拠のないものが、酒類総研の教科書(例えば「酒仙人直伝よくわかる日本酒」)などに掲載され、唎酒師や日本酒検定の問題として出されるのは疑問である。

などと書いているうちに「柏寿」はなくなり、次の酒はやはり純米酒ということで、「白露 純米酒」である。新潟市の高野酒造。精米歩合は60%で、日本酒度は+3~+5。アルコール度数15度~16度。純米酒としては標準的な酒である。

「白露」は冷蔵庫に入れておいてので、雪冷え(5度)くらいになっている。これを外に出して、花冷え(10度)からだんだん冷や(常温)くらいになる温度変化を楽しみながら飲む。純米酒らしい米の甘味と膨らみがあり、それが余韻として残る。ふわっとして、柔らかくて、酸味もあって、じわじわと口の中に香りが残る。後味はやや辛い。濃厚なすき焼きの味とも合わなくはない。日本酒らしい、いい酒だなあと思う。

 

 

 

映画『おかえり、ブルゴーニュへ』

最近、ワインと日本酒についての2本の映画を見た。ワインは「おかえり、ブルゴーニュへ」。「猫が行方不明」のセドリック・クラビッシュ監督の新作だ。日本酒は、瀬木直貴監督、川栄李奈主演の「恋のしずく」。「おかえり、ブルゴーニュへ」はタイトルの通り、フランスのブルゴーニュが舞台で、「恋のしずく」は広島の西条が舞台だった。

この2本は、それぞれワイン造り、日本酒造りの現場を丁寧に描いているのと、造り手たちの家族の物語になっているところが、よく似ている。

「おかえり、ブルゴーニュへ」は、ワイナリーを飛び出して世界を巡っていた長男が、父親が危篤という知らせを受けて、地元へ帰ってくるところから始まる。ワイナリーは長男の妹の長女と弟の二男が守っているのだが、やがて父親は亡くなり、3人のきょうだいが力を合わせてワイン造りを続けていくことになる。相続税を支払うために畑を売るかどうかで、3人は揉める。長男は恋人との仲がうまくいっていないし、長女はワイン造りの指揮をとる自信がない。二男は妻の実家との関係がうまくいかない。それぞれ悩みを抱えながらワインを造っていく物語は、よくあるけれど、細やかに描かれていて、心を打つものだった。ブルゴーニュのワイン畑の風景も気持ちがよかった。

ところで、映画の中でワイン造りを指揮する長女が悩むのが、除梗(じょこう)率だ。「梗」とは、ブドウの実についている小さな枝である。かつて、ワインは「梗」を取り除かずに造られていたのだが、やがて、「梗」を取り除くことで、えぐみを取り去るようになった。除梗すればえぐみはなくなりピュアな味になるが、除梗しすぎると味の複雑さやスパイシーさもなくなってしまう。100%除梗するという考えもある一方で、全く除梗しない全梗発酵という考えもある。

これは精白率(精米歩合)にも似た話だなと思って、面白かった。ついワインが飲みたくなって、ブルゴーニュの赤を買った。ブルゴーニュはほぼピノ・ノワールである。有名なオート・コート・ド・ニュイの2015年。5500円。これは100%除梗されていて、ピノ・ノワールのブドウの味が純粋に表現されている。上品で繊細、シルキーな味わいだった。ただ、一緒に食べたブルーチーズの蜂蜜掛けは合わなかった。チーズがそれしかなかったのだが、マリアージュとしては失敗だろう。ブルーチーズの濃厚さはピノ・ノワールの繊細さを感じられなくしてしまう。

精米歩合もかつては低いほどいいという考えがあって、鑑評会で金賞をとるには「YK35」(山田錦、熊本9号酵母、精米歩合35%)などと言われたが、最近は90%など、ほとんど食米みたいな精米歩合の日本酒も造られている。それはそれで、複雑で深い味わいがあって美味しい。最近、精米歩合99・9%の「九九・九」という酒が話題になっていたが、昨日、近所のスーパーで、精米歩合100%、つまり、全くの玄米で造られた日本酒を発見した。「醍醐のしずく」を造っている千葉の「寺田本家」の「発芽玄米酒 五人娘むすひ」である。といってもこれは日本酒ではないのだろうか。「九九・九」は純米酒だが、「むすひ」はラベルに「その他の醸造酒」と書いてある。少しでも精米していないと「清酒」にはならないのだろうか。瓶内発酵しているので「横倒厳禁」などと書いてあって、早く飲んでしまった方がよいのか、少し発酵させた方がよいのか、迷っている。食べ物には合わせにくいだろうなと思う。

千葉の地酒 柏寿

日本酒を飲むようになって、自分の「基本の酒」は何だろうかと考えるようになった。

あまりに多くの酒がある。何かを基本に置いて、そこから考えるようにしないと、味の「位置」が分からない。

かつて、私にとっての基本の酒は青木酒造の「雪男 辛口」だった。しかし、それからずいぶん、好みも変わってしまった。今、基本の酒にするなら、地元の酒がいいだろう。特別な酒でなく、地元で普通に飲まれている酒である。

私は千葉県に住んでいるので、千葉の酒が地酒である。高級ではないけれど、安くもなく、しっかりとして、米の旨さも、酸味も、キレのよさも、すべてがきっちりと味わえる酒として、和蔵酒造(千葉県富津市竹岡)の純米酒、柏寿がある。精米歩合は62%。最初に米のふくよかな甘味があって、次に酸味が感じられ、スッとキレる。キレるけれど、米の甘味の余韻も残る。

柏寿はインターネットで調べてもなかなか出てこない。特別な酒として、外に出すような酒ではないのかもしれない。しかし、地酒とはそういうもののように思う。

昔、日本酒には名前がなかった

私が子供の頃、日本酒には名前がありませんでした。

父親とよく行った一杯飲み屋や、立ち飲みの串カツ屋などには、「日本酒」は「特級」「1級」「2級」の3種類だけ。酒は冷や(常温)もあったけれど、ほとんどが燗だった。名前も、どの土地の酒かも、何も書いてはいなかった。そんなものだと思っていました。

ところが大学生くらいになると、「越乃寒梅」など、日本酒に名前が付くようになって、その頃は、何でも新潟の淡麗辛口がよい、という風潮でした。酒もギンギンに冷やすようになって、燗酒というのは珍しくなってしまった。

そして今、日本酒には名前があって、燗も冷やも、冷酒もある。私の人生の中では、最も様々な日本酒があり、様々な飲み方があり、様々に美味しいという時代になりました。私の人生の中でもそうなのですが、日本の歴史、つまりは人類史上でも、同じことが言えると思います。日本酒は今が人類史上で一番美味しい時代となった。名前がなかった頃から、ほんの数十年で。

私は酒について知ったところでどうなるわけでもない、酒はただ飲めばよい、と思っていたのですが、仕事で日本酒について書かなければいけなくなって、日本で現在、出版されている日本酒に関する新書を十数冊、読みました。そうすると、読んだだけなのに、日本酒の好みが変わってしまいました。それまでは新潟県の青木酒造の「雪男辛口」が最も好きだったのですが、濃醇な熟酒や醇酒も好きになったのです。

知識で味の好みが変わるというのは、思いもよらなかったことで、ショックでした。日々、日本酒を飲み続けていることに変わりはないのですが、もっと日本酒を美味しく味わうために、日本酒について知りたいと思うようになりました。そうでないと、もったいないからです。このブログでは、日本酒について勉強していく過程を、正直に綴っていきたいと思っています。

人類史上、最も日本酒が美味しい時代に生まれた幸せを存分に味わいたい、と願っています。